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“倖せ”の正体 “倖せ”の正体
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よく怒る人は、こう感じてるみたいです。
「自分は怒りたくないのに、相手が怒らすようなことをする。」

でも、それはあきらかに間違いです。
人は、怒るか怒らないかを自分で選択して、感情に出しています。

会社の上司には怒らないのに、同じことを部下に言われたら怒るのもその証拠。

怒っている人や、その状態は、倖せではありません。

できるだけ、怒らないように自分の感情をコントロールしましょう。

人が、自分と他人を評価するとき、次の4つのパターンがあります。

1.自分は○、相手も○
2.自分は○、相手は×
3.自分は×、相手は○
4.自分は×、相手も×

このうち、怒りとは、2番の「自分は○、相手は×」という感情だと思います。

つまり、自分の得意分野で、相手の不得意分野を攻撃しているのです。

サッカー選手が、野球選手相手にサッカーで勝負するのは、フェアーではありません。
逆もそうです。
人は、誰しも得意、不得意分野があります。
自分ができるからと、人を怒っている人は、自分の不得意分野は棚に上げているのです。

人は、自分のことを棚に上げてしか、人を怒れないのです。

自分が怒っているとき、自分は「自分を棚に上げている状態である」ことを自覚しましょう。
フェアーな試合ではないのです。

相手が、できないところは、出来る自分が補い、
自分ができないところは、相手に補ってもらうと、人間関係がうまく行きます。

怒りは、倖せの反対の感情です。怒った人が損害を被るのです。 

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【2007/12/14 11:27】 | “倖せ”の正体
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何かの病気になって、寿命を告げられると、人は大きなショックを受けるものである。
しかし、たとえ健康な人でも、寿命を告げられると、やはりなんらかのショックを受けるものだと思う。

“寿命”って、みんなそのことを知っているのに、知らんふり。


人は一日のうちに、誕生と死を仮体験している。
目覚めが「誕生」、睡眠が「死」である。

今日一日が、人生のすべてである。
人は、いつだって“今日”という一日の中でしか生きることができないのだから。

いつも死を覚悟して、潔く生きよう。
夜が明けたら、儲けもんだと思え!また一日の猶予が与えられたと。

沖縄の琉歌のにこういう文句がある。
「生まりらば 同歳(ちゅとぅし) 後先(あとぅさち)や知らん」
(生まれたらみんな同じ年、後先はだれも知らない)

だからと言って、試験の前の一夜漬けのように生きるのは、よくないね。

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【2007/11/19 09:43】 | “倖せ”の正体
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人の行動や感情は、すべて「意識」が決定しています。

意識できる「意識」を顕在意識といい、
意識できない「意識」を潜在意識(無意識ともいう)といいます。

人の行動や感情は、無意識な部分が大きいといわれていますが、それとて意識であることには変わりありません。

だから人は、本能的な生き物ではなく、まさしく意識的な生き物なのです。

つまり、意識を変えれば、ものの見方が変わり、感じ方が変わり、行動が変化し、生活が変わり、人生が変化するのです。

倖せになれるかどうかは、「日頃からどんな意識を働かせているのか」ということだと思います。

物や環境を整えようとする前に、心の意識改革を図ることが重要です。

幸福とは心が感じるものだからです。


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【2007/11/13 10:06】 | “倖せ”の正体
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19年間努めた職場を退職して、1年間母親を介護していました。そして今年また再就職!
退職する前や、再就職する前は、「変化」を恐れていたように思います。

人は、幸福の中では、「このまま時が止まればいい」などと変化を恐れ、
不幸の中では、「ああ私の人生は終わりだ」などと変化しないことを恐れます。

しかし、世の中は諸行無常、変化しないものは何もありません。
変化を恐れるもなにも、必ず状況は変化するものです。

だから、変化を楽しむように生きるのです。
まるで、天気のように、変化の中でそれを楽しむように!

季節は刻々と変化するから、美しいのです。


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【2007/11/09 17:35】 | “倖せ”の正体
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あるがまま
こんばんは、山川さん

この記事の前に“喜びと楽しみ”の違いについて書かれておられますが・・・

変化は楽しむものなのですね。

てっきり『変化は喜ぶもの』かと思いました。


福地海
そうですね。
変化そのものが、直ぐに「喜び」には繋がらないのかもしれません。

でも、「楽しむ姿勢」の中から、「喜び」が生まれてくるかもしれませんね。
「喜び」ってじわーっと湧いてくるものかもしれないですね。
実感するのに多少時間がかかるかもしれないです。

参考;新約聖書へブル人への手紙12:11
「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし、後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」

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「喜びと楽しみの違い」part2

こういう場面を想像してみましょう。
あなたの大切な人が、大学入試に合格したときに、こういう言葉が出てくるかもしれません。

「君が、合格して本当に嬉しい、喜びで胸がいっぱいだ!これから大学生活をうんと楽しみなさいね!」

この台詞からもわかるように、嬉しがったり、喜びに満たされたのは「私」、楽しむのは合格した「本人」です。
このように他人のために喜べても、楽しむことはできません。つまり、喜びは人間関係に深く関わっていますが、楽しみは全く個人的なものだともいえます。

「喜び」には、その人の考え、意志、思想、生き方などの内的要因が反映されていて、それは理性に直結しています。そのため、喜びは比較的長期的な気持ち、そして深い感情です。また愛や友情と関わる感情です。

それに比べると、「楽しみ」は、その人の比較的浅いところにある感情と直結しています。嗜好(しこう)、興奮、快楽などに関わる外的要因が反映されていて、短期的な気持ちです。そして、肉体的な喜び、あるいは欲と関わる感情といえます。

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【2007/04/17 00:57】 | “倖せ”の正体
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こういうヒーロー映画の場面を想像してみてください。
銀行強盗が人質をとって立てこもっています。主人公のあなたは、人質になっている大切な人の身代わりになるために、犯人にこう言うのです。

「その人を放してください、私が喜んで身代わりになります。」この場面は、ヒーロー映画ではよくあるパターンですよね。

この台詞の、「喜び」を「楽しみ」に換えてみましょう。
「その人を放してください、私が楽しんで身代わりになります。」
これでは、マゾ系の変態映画になってしまいますよね。

このように、愛する者のために喜んで死ねる人はいても、楽しんで死ねる人はいないと思います。「楽しみ」は、およそ苦しみや苦痛とは相成れませんが、「喜び」は、たとえ外的苦しみの中であっても、内から湧き出るものだといえます。

これが、喜びと楽しみの違いの一つです。

次回、また違いを述べたいと思います。

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【2007/04/13 12:29】 | “倖せ”の正体
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「人生の目的とは?」

簡単に言ってしまえば、みんな倖せになりたいために生きているということです。
ただ、その倖せの正体が漠然としているため、右往左往しながら道に迷っている状態なんだと思います。

だから、倖せになるために、泥棒は盗み。
倖せになるために、強盗は金を奪う。
それがあれば、倖せになれるものだと、勘違いをして犯罪を犯してしまいます。

その一番の、原因は、倖せが何であるかがわかっていないからです。

倖せを別の言葉で言えば、「喜び」です。人はみな喜びを得るために生きています。

そこで、勘違いが起こるのです。何と間違えるのか?それは、「楽しみ」です。

「喜び」と「楽しみ」は違うものなのです。それを混同してしまったために、人生の悲劇が起こったりするのです。


次回、その違いについて述べます。

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【2007/04/09 14:00】 | “倖せ”の正体
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倖せの材料集めばかりしないでください!


 倖せの材料とは、「これがあれば倖せだと思えるもの」です。すなわち、お金、財産、仕事の成功、地位、名誉、権力、知識、技能、教養、趣味、楽しみ、娯楽、健康、美容、付合い、恋愛など数え上げれば限りがありません。


  いくら材料を集めたって、倖せが何であるかが分かってないと、宝の持ち腐れになってしまいます。全てを持っている裕福な家庭が、みんな倖せとは限らないのです。逆もしかり。


  例えば、「家」を建てる場合、ブロックや鉄筋、材木など建築資材から集める人はまずいません。初めにすることは、漠然としている我が家の夢を、設計図という具体的なものにしていくことです。


  「倖せ」も初めは漠然とした夢のようなものです。材料を集める前に、倖せの設計図を作り、すなわちその正体を知り、材料を活かす方法を知ることが大切です。


 



これから、じっくりと「倖せ」の正体を明らかにしていこうと思います。




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【2007/04/06 16:40】 | “倖せ”の正体
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