アクセス解析
“倖せ”の正体 2008年01月
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

前回、倖せとは「能力」であるという話をした。

今回は、その能力とは、“想像力”のことであるという話。

ある人に、将来プロのピアニストになる夢があった。
しかし、とある事故で小指を切断することになってしまった。
彼は、夢を失い、とうとう自殺してしまった。

普通の人が、小指を失ったからって自殺することはないだろう。
小指を失ったからって、困ることは指切りできないくらいだから。
ときどき○―さんに間違えられるのは困るけど・・・。

さて、彼が倖せになるために必要だったのは、
ピアニストになる「夢」ではなかった。
たとえ、夢が破れる自体になろうと、次の夢を見るための
“想像力”が足りなかったのである。

想像力が足りないと、狭い範囲内でしか
想像力が発揮されない。

彼の場合、小指を失えば、プロのピアニストとして
やっていけないという想像しかできなかったのである。

「石の上にも三年」ということわざのように
じっくり腰を据えて継続してやることも大切だが、

時には、臨機応変に、コース変更することも
人生には、必要である。

「継続」も「変更」も、想像力があれば
夢を創造する力が生まれる。


「順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。」という聖句がある(旧約聖書伝道 7:14)。

しかし、あえて言うなら、私は逆にしたい。
すなわち
「順境の日には考えよ、逆境の日には楽しめ」

逆境の時こそ、想像力が育つよい機会である。
この逆境を乗り越えた先を創造するのだ。

逆に、順境の時には、あえて楽しもうとしなくても楽しい。
だからこそ、おごり、高ぶりにならないように
考えることが必要になる。

想像力こそ、倖せの原動力となる源である。


関連ブログランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ
スポンサーサイト

FC2blog テーマ:“倖せ”の正体 - ジャンル:日記

【2008/01/26 10:45】 | “倖せ”の正体
トラックバック(0) |

承認待ちコメント
-


コメントを閉じる▲
「倖せとは”能力”である。」 

お金持ちだから幸福?
健康だから幸福?
恵まれているから幸福?

とんでもない!
これら全部を持っていながら自殺する人だっている。

貧乏だから不幸?
病気だから不幸?
恵まれてないから不幸?

とんでもない!
それらの環境の中にいて、
倖せを感じている人もいる。

そうだ。
倖せとは、その人が持つ「能力」に他ならない。

能力がある人は、どんな環境になっても、倖せになることができ。
能力の無い人は、どんな環境になっても、倖せになれない。

心の中にこそ、その原点がある。

心を守らずして、生活は守れない。
心を元気にせずに、幸福は訪れない。

いついかなる時でも、
「心」を育てることが、
人生にとって最も大切なことである。

と私は思う。


関連ブログランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 健康ブログ 心と体へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

FC2blog テーマ:“倖せ”の正体 - ジャンル:日記

【2008/01/18 14:24】 | “倖せ”の正体
トラックバック(0) |


くま
こんにちは。
別のブログから来てくださったと言うことで、こちらにお邪魔しました。

私の好きな名言で
『 人間を変えるものは環境ではなく、自分自身の内なる力なのです 』(ヘレンケラー)というのがあって
こちらの『 倖せとは“能力”である 』 に(勝手ながら)似てるように思いました。

つい置かれている環境を責めたい気持になりますが、そうじゃなくて自分の心持ち次第で“幸せ”にも“楽しく”も出来るハズ・・・と私も思います。
・・・・・・・と言っても、まだ私は奮闘中の身でありますが(^^;)ゞ

“心”や“想像力”を育てる努力も改めてしてみようと思います。
またお邪魔させてください。



コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。